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大阪地方裁判所 平成7年(ワ)13417号 判決 1998年12月10日

原告

甲製織株式会社

右代表者代表取締役

乙川太郎

右訴訟代理人弁護士

生沼寿彦

一軸浩幸

小野憲正

野村太爾

被告

住友海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役

小野田隆

右訴訟代理人弁護士

瀧賢太郎

上林博

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金二億八〇〇〇万円及びこれに対する平成七年七月七日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、原告が、被告に対し、被告との間で締結した火災保険契約に基づき、火災保険金の請求をしたところ、被告が事故招致免責条項の適用を主張した事案である。

二  前提となる事実(1から6まで及び8の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。)

1(一)  原告は、綿・合繊織物の製造を目的とする株式会社である。

(二)  被告は、海上・火災・運送及び傷害等の損害保険事業などを目的とする株式会社である。

2  原告の代表取締役乙川太郎(以下「乙川」という。)は、従前織物製造販売を業とする株式会社乙川製織(以下「原告親会社」という。)の代表取締役であったが、昭和六〇年七月、右原告親会社の製造部門として原告を設立し、工場建物及び敷地などを当時操業を停止していた熊本繊維株式会社から購入していた。

3  原告は、被告との間で、平成六年五月三一日、従前の被告との火災保険契約を左記のとおり更新した(以下「本件火災保険契約(一)」という。)。

(一) 保険の目的 別紙火災保険目的明細書(一)記載の製品・半製品・仕掛品・原材料及び貯蔵品(以下「本件製品等」という。)

(二) 保険金額 一〇〇〇万円

(三) 保険期間 平成六年五月三一日一六時から平成七年五月三一日一六時まで

(四) 被保険者 原告

(五) 特約事項 保険契約者、被保険者又はこれらの者の法定代理人(保険契約者又は被保険者が法人であるときは、その理事、取締役又は法人の業務を執行するその他の機関)の故意もしくは重大な過失又は法令違反によって生じた損害については保険金を支払わない(事故招致免責条項)。

4  原告は、被告との間で、平成六年七月二六日、従前の被告との火災保険契約を左記のとおり更新した(以下「本件火災保険契約(二)」という。)。

(一) 保険の目的 別紙火災保険目的明細書(二)記載の工場(以下「本件工場」という。)

(二) 保険金額 八億一九七九万円

(三) 保険期間 平成六年八月一二日一六時から平成七年八月一二日一六時まで

(四) 被保険者 原告

(五) 特約事項 保険契約者、被保険者又はこれらの者の法定代理人(保険契約者又は被保険者が法人であるときは、その理事、取締役又は法人の業務を執行するその他の機関)の故意もしくは重大な過失又は法令違反によって生じた損害については保険金を支払わない(事故招致免責条項)。

5  本件火災保険契約(一)(二)で定められている保険金の内容は、左記のとおりである。

(一) 損害保険金

被告は、火災によって保険の目的について生じた損害(消防又は避難に必要な処置によって保険の目的について生じた損害を含む。)に対し、損害保険金を支払う。

(二) 臨時費用保険金

被告は、損害保険金が支払われる場合において、それぞれの事故によって保険の目的が損害を受けたたため臨時に生ずる費用に対して、臨時費用保険金を支払う。

その金額は、損害保険金の三〇パーセントに相当する額で、一回の事故につき、一構内ごとに五〇〇万円を限度とする。

(三) 残存物取片づけ費用保険金

被告は、損害保険金が支払われる場合において、それぞれの事故によって損害を受けた保険の目的の残存物の取片づけに必要な費用に対して、残存物取片づけ費用保険金を支払う。その費用は、損害保険金の一〇パーセントに相当する額を限度とする。

(四) 損害防止費用

被告は、消火活動のために費消した消火薬剤等の再取得費用を支払う。

6  本件工場構内の建物の位置は、別紙「構内建物配置図」のとおりであるが、平成六年一二月一八日、本件工場内で火災(以下「本件火災」という。)が発生し、本件工場の建物の一部(第一工場、第二工場及び仕上工場)、本件工場内における機械設備の一部及び本件製品等の一部を焼損した。

7  原告は、本件火災直後から、被告に対し、出火原因の早期調査及び火災保険金の支払を督促していた(乙五六)。

8  被告は、原告に対し、平成七年七月七日、本件火災保険契約(一)(二)に基づく火災保険金の支払を事故招致免責条項を理由に拒絶するとの通知を発した。

第三  争点

一  本件火災は、原告の取締役等が故意に招致したものであるか。

(被告の主張)

1(一) 本件火災によって、別紙見取図記載の二六か所(①地点から地点まで。以下別紙見取図①地点から地点までを引用するときには、単に①、②…と引用する。)を焼損しているところ、いずれも火気の存しない場所であるばかりか、二か所を除きすべて床面から炎上しており、これらの焼損か所は、それぞれが独立した火元であると認められ、本件火災の火元が、①の天井裏一か所のみであるとは考えられない。

(二) ①の天井裏及び天井板の焼損は、天井裏から出火した火炎によって生じたものではなく、①の天井板の下のダクト上の可燃物が全焼し、天井板を焼損して落下させたものである。

(三) 以上より、本件火災は、放火によるものであることは明らかである。

2(一) 原告の保険事故は、被告との保険契約に関するものだけでも平成元年一月から平成六年七月までの間に合計八件発生しているが、その間の原告の経営状態は毎年赤字で、右保険事故による保険金収入で事業を継続し得たといっても過言ではない。そればかりか、右保険事故の中には、損害水増しなどの不正受給を受けた疑いのあるものも含まれている。

(二) 原告は、平成四年に倒産の危機に陥り、翌五年七月に和議の認可を受け事業を継続していたが、その負債総額は、同年三月当時、約八億六〇〇〇万円にのぼり、和議債権者二五名に対する負債四億三二八三万三八一三円については、平成六年七月二日を第一回支払期日として平成一三年七月まで毎年二一六四万一六九〇円を返済することが条件とされていたものの、原告の資産状態は改善されず、第一回支払期日から大半の債権者に対して全く返済することができなかったため、債権者から再三督促を受けていた。さらに、本件火災直前には、工場の電気料金の支払にも窮する状態に陥っていた。

(三) 本件火災により、直接的な利益を得るのは、保険金を取得しうる原告のみであるが、乙川は、原告親会社及び原告の負債の連帯保証をしており原告の経営状態と自らの損益は密接に関連する状況にあった。

(四) したがって、乙川には、本件火災を故意に発生させ、不当に火災保険金を請求する動機づけとなりうる事情が存在していたというべきである。

3 本件火災の発生時刻は、午前六時から同六時二八分までの間であると推定されるところ、その時点では、乙川はいまだ鹿児島空港に向けて出発しておらず、本件工場内にいたはずである。

4 乙川は、本件火災直後から被告関係者らに対して、問われていないにもかかわらず、しきりに本件火災当時の自分の行動や出火原因が電気系統の事故であることを説明するなど不自然な言動をしている。

5(一) 原告に無関係な第三者が実行する場合、その動機及び目的は、窃盗・いたずら及びえん恨程度しか考えられないが、本件火災の態様及び状況等から、いずれの可能性も考えられない。

(二) 本件工場は、本件火災当時操業しておらず、内部は空気の流通が悪く真っ暗な状況であって、内部の数か所以上に放火をすれば自らが窒息あるいはやけどを負うなどの危険性があり、内部の構造を熟知した者でなければ本件工場内を数か所以上にわたって放火を行えるはずがないと思われるところ、乙川以外の役員及び従業員が、本件工場に放火するほどえん恨を抱いていたり、放火によって利益を得ることはなかったのであって、原告内部の者が放火行為を実行するとすれば、乙川の了解なしに行うことは考えられない。

6 以上を総合すれば、本件火災は、乙川の故意によるものであるということができる。

なお、本件火災の出火原因が電気系統の事故を原因とするものであったとしても、本件工場は、平成四年八月一一日にも、電気系統の事故が原因で火災を起こしているのである。それ故、原告は、平成四年八月一一日以来、電気系統の事故による火災の危険性を予期しながら、老朽化した電気設備に対して全く効果的な措置を講じていなかったのであるから、原因が電気系統の事故であったとしても、本件火災を自らの重過失により招致したものといわざるを得ない。

(原告の主張)

1(一) 本件火災は、製織機械の運転による工場の振動及び経年変化による材質悪化などから天井裏の動力配線の絶縁被覆が劣化していたところに、工場内の加湿装置により水分を含んだ風綿などのほこりが付着したことから、トラッキング現象が生じ、ショート発火を起こしたことに起因するものである。

(二) すなわち、別紙見取図の①地点の天井裏において、右ショート発火を引き起こして風綿に引火して延焼した結果、①からまでを焼損させたのである。

(三) したがって、本件火災は、電気系統の事故によって発生したものであるというべきである。

2(一) 原告は、平成元年度から当期未処理損失が出ていたが、平成二年度、平成三年度及び平成六年度までの三期については、いずれも当期利益を出しており業績は向上しつつあった。また、被告との間の保険契約における保険事故は、その大半が台風、強風及び落雷という自然現象が原因の自然災害であり、平成四年八月一一日の火災についても火元が第一工場天井裏であって電気的なトラブルが原因であった可能性が高い。しかも、そのいずれの保険事故についても鑑定人が入り、適正な損害査定を経て保険金が支払われたものであって不正受給に当たらないことは明らかである。

(二) 原告は、和議債権者二五名との間で、和議における返済条件を履行することはできなかったが、大半の債権者は、もうかったら払ってくれといった具合で原告の事情をくみ取ってくれ、決して無理な請求はしなかった。また、電気料金については、その支払が遅れたことはあったが、いずれも最終的には支払っている。

(三) したがって、乙川には、本件火災を故意に発生させ、不当に火災保険金を請求する動機づけとなりうる事情が存在していたと認めることはできない。

3 また、乙川は、徳風会というボランティア団体の活動をするため、大阪へ帰る必要から本件火災当日鹿児島空港午前八時発の関西空港行きの飛行機に乗ることになっており、本件火災の発生時刻である午前六時五〇分ころには、鹿児島空港に向かって自動車を運転していた。

4 火災直後に、平成六年夏ころから度々工場全体が停電し、結局は原因が判明していなかったこと及びもともとは大阪に帰ろうと思っていたのに、たまたま予定していた飛行機がキャンセルになってしまい、妻からの連絡で急いで帰ってきたことを説明したことをもって不自然であるということはできない。

5 そもそも、本件工場内部が真っ暗な状況であってその内部数か所以上に放火をすれば自ら窒息あるいはやけどを負うなどの危険性があったことは自明のことであるとすれば、そのような危険性を認識している原告内部の者が、二六か所にわたって放火するなどという極めて危険な行為に及ぶとは考えられない。

6 以上を総合すれば、本件火災は、原告の放火によるものではないことは明らかである。

二  損害の範囲

(原告の主張)

原告は、本件火災によって次のとおり金三億三九二四万四六七四円の損害を被った。

1 物的損害

(一) 本件工場修理費用

(1) 建物修復工事 四八四一万円

(2) 電気設備復旧工事

二九四五万八〇〇〇円

(3) 配線設備復旧工事

三三六万八一〇〇円

(二) 本件工場内の機械設備の損害

原告は、別紙機械設備の損害明細表記載のとおり、二億四四四九万二三五〇円の損害を被った。

(三) 本件工場内にあった本件製品等の損害

原告は、別紙原材料及び仕掛品等の損害明細表記載のとおり、一八四万二二二四円の損害を被った。

2 費用損害

(一) 臨時費用 五〇〇万円

(二) 残存物取片づけ費用

六四八万九〇〇〇円

(三) 損害防止費用

一八万五〇〇〇円

(被告の主張)

1 被告の火災保険普通保険約款(工場物件用)四条では、「損害保険金として支払うべき損害の額は、保険価額によって定めます。」旨規定され、「保険価額」とは、「損害が生じた地及び時における保険契約の目的の価額をいう。」(同約款一条八項一号)と規定されている。

したがって、機械設備の損害額は、損害発生時の目的の価格によらなければならないはずである。

2 また、JA織機(エアージェット)の予備・交換部品については、火災保険の目的の区分のうち、什器・備品に該当し、機械設備に該当しない。

第四  争点に対する判断

一  本件火災の焼損状況について

1  まず、証拠によれば、本件火災による本件工場内の第一工場、第二工場及び仕上工場の焼損状況は、以下のとおりであると認められる。

(一) 別紙見取図①から③までは、それぞれ床面におかれた固形可燃物を全焼し、火炎が床面から壁面沿いに立ち上がった跡があるが、壁面沿いに立ち上がった火炎は、いずれも天井部に至るようなおう盛なものではなく、その場で立ち消えている。そして、①についてのみ、天井板を焼き、これを南北に長いだ円形に落下させている。

①の天井板が落下した周囲の天井裏では、そこに配線されている多くの動力配線の被覆が焼損しており、太いより線のしん線が露出し、約四メートルも裸線となっている。また、風綿(布を織る工程でたて糸とよこ糸が高速で触れあうことにより発生する微細な糸くず及び綿ごみで、雪が積もるような状態でたい積するもの)及び発泡スチロールが燃えており、黒いすすの汚れが広がっている。

(甲一四の2、47、49、50、検甲七の1から6まで、検甲一〇の1から4まで、乙二・一五及び一六頁、乙二・別紙火元の状態Ⅰ・8―④及び⑤、乙三の1・二七頁から二九頁まで及び三五頁、乙三の2・写真1から10まで、乙五〇・八頁)

(二) ④から⑦までは、いずれもポリエチレン製ゴミ箱を溶解させて立ち消えている。④のみそれに隣接する機械の下にたまった固形可燃物に着火し、火炎が立ち上がった形跡があるが、その場で立ち消えて他へ延焼していない。

(甲一四の51から58まで、乙二・一六頁、乙二・別紙火元の状態Ⅰ8―⑦から⑨まで、乙三の1・二九及び三〇頁、乙三の2・写真11から18まで、乙五〇・八頁)。

(三) ⑧及び⑨は、いずれも床面におかれた固形可燃物を全焼し、その火災が上方の天井部まで達して天井板に延焼した上、これを落下させている(甲一四の6、66から71まで、89から94まで、乙二・一六頁、乙二・別紙火元の状態Ⅰ・8―⑩、乙三の1・三〇及び三一頁、乙三の2・写真19から30まで、乙五〇・八頁)。

(四) ⑩は、壁面に沿って床面におかれた固形可燃物を全焼した上で、壁面を東側鉄骨に沿って天井部に至るまで延焼し、天井板を落下させ、天井板を張った木部の下面を焦がした(甲一四の82から87まで、乙二・一七頁、乙二・別紙火元の状態Ⅰ・8―①、乙三の1・三一頁、乙三の2・写真31から38まで、乙五〇・八から九頁)。

(五) ⑪から⑮までは、いずれも床面におかれた固形可燃物を全焼し、火炎が壁面に沿って立ち上がった跡があるが、いずれも天井部に至ることなく立ち消えとなっている(甲一四の73から79まで、乙二・一七及び一八頁、乙二・別紙火元の状態Ⅰ・8―②及び③、同Ⅱ・8―⑥及び⑦、乙三の1・三一及び三二頁、乙三の2・写真39から50まで)。

(六) ⑯は、糸巻き機のモーターブレーカーのケース上におかれた段ボール箱に着火炎上し、その火炎によって同機側面などを焦がしたが、他へ延焼することなく立ち消えている(乙二・一八頁、乙二・別紙火元の状態Ⅱ・8―⑤及び⑥、乙三の1・三二頁、乙三の2・写真50から55まで)。

(七) ⑰は、床面の壁際におかれた段ボール箱を全焼し、火炎が立ち上がった跡があるが、天井部に至ることなく立ち消えとなっている(乙二・一八頁、乙二・別紙火元の状態Ⅱ・8―⑥、乙三の1・三二頁、乙三の2・写真50から52まで、54及び55)。

(八) ⑱及び⑲は、床面の固形可燃物及び第一工場と第二工場との間の東側通用口のビニール製仕切りを全焼し、同通用口の木製の仕切り片引戸は、枠の上部を少し残しているのみで、焼け落ちているが、天井部に至ることなく立ち消えとなっている(甲一四の18、乙二・一八及び一九頁、乙三の1・三二及び三三頁、乙三の2・写真56から66まで、証人中原輝史四六頁)。

(九) ⑳は、床面の固形可燃物を全焼し、火炎が壁面に沿って立ち上がっていった跡があるが、天井部に至ることなく立ち消えとなっている(甲一四の46、乙二・一九頁、乙三の1・三三頁、乙三の2・写真67から70まで)。

(一〇)  は、床面の段ボール箱及び上部の壁面に取り付けられていた電気計器を全焼し、わきの配電盤ボックス外部を変色させているが、内部の配線に至ることなく立ち消えとなっている(甲一四の41から43まで、乙二・一九頁、乙二・別紙火元の状態Ⅱ・8―④、乙三の1・三三頁、乙三の2・写真71から75まで)。

(一一)  からまでは、いずれも同所の床面の固形可燃物及び付近の机などを全焼しているが、いずれも天井部に至ることなく立ち消えとなっている(甲一四の33から40まで、乙二・一九から二〇頁、乙二・別紙火元の状態Ⅱ・8―①、②、⑨及び⑩、乙三の1・三三から三四頁、乙三の2・写真76から86、乙五〇・一〇頁)。

(一二)  は、天井下に設置されている空調用ダクト上におかれた段ボール箱を焼損し、そのすすにより上部の天井部を黒くしている(乙二・二〇頁、乙二・別紙火元の状態Ⅱ・8―⑧、乙三の1・三四及び三五頁、乙三の2・写真87及び88)。

二  本件火災の火元の個数について

1  被告が、火災事故等の物理的調査、鑑定業務に従事する中原輝史(以下「中原」という。)に対して、平成七年四月七日に依頼した、本件火災の出火原因等についての私的鑑定では、次の(一)から(四)のような鑑定結果が出されており(乙三の1、2)、中原は、証人尋問において、右鑑定結果と同旨の証言をした上、本件火災について、自然発火ということは全く考えられず、出火原因は放火であると考えると証言する(証人中原一一、四三頁等)。

(一) 本件の出火部としては焼損か所①からが認められ、これらのすべてが独立した焼き立ち上がりを示している。

(二) 出火原因は、このすべてが接炎出火であり、何らかの原因によるくん焼出火は認められない。

(三) この接炎出火のうち、⑧⑨の部分は、おう盛な火炎が天井部に至り出火の様相を呈しているが、この天井部から他への波及は認められない。

他の部分は、出火に至ることなく、周辺を焼きした後、立ち消えた状態となっている。これは、この着火物周辺に連続して燃焼する可燃物がないことなどによるものである。

(四) 本件着火に液体可燃物が使用されたかどうかわからない。

2  右鑑定結果のうち、(二)ないし(四)は、その内容等に照らすと相当というべきである。しかし、中原が、それぞれ独立した火元であるとする①からの焼損か所については、以下の検討結果のように、そのうちのいくつかを同一の火元と考える余地もないわけではない。ただし、そのような考え方によっても、本件火災の火元の個数については、最低でも七か所は存在するものと考えざるを得ない。

(一)(1) ①から④までは、いずれもその部分が壁面に火炎が立ち上がったこん跡を残す程度に燃焼しているが、建物自体に延焼することなく立ち消えた状態となっていることからすると、独立の火元である可能性が高い。しかし、①から③までは、燃焼の位置関係が接近していること及び床面の焼損した固形可燃物の周囲に延焼した形跡が全くないとはいえないことからすると、相互に延焼している可能性も一応考えられる。また、④については、周囲の床に炭化した残さ物があり、①②からの飛び火による延焼ということも考えられなくはない(乙五〇・八頁、証人竹守雅裕八頁)。

については、①からまでを結ぶダクト上の風綿を介しての延焼経路が一応考えられる。たしかに、風綿の延焼の態様は、表面をすうっと火が走るような感じで、燃焼力は非常に弱く、障害物にぶつかったところで自然に鎮火してしまうほどのものであること(証人中原一一頁)からすると、風綿を介しての段ボール箱に着火した可能性は低く、は独立の火元である可能性が高いものではあるが、①からまでを結ぶダクト上の風綿が燃焼していること(検甲九の1から8まで、乙五〇・一三頁、証人竹守九頁、同西口良弘二五頁)から、①からダクト上の風綿を介して延焼した可能性(乙五〇・一三頁)も一応考慮に入れておくこととする。

そこで、①から④まで及びを、一応、同一の火元からの出火の可能性があるものとしておくこととする(以下「第一グループ」という。)。

(2) 岸和田消防署において火災原因調査などを担当していた、乙川の旧友の西口良弘(以下「西口」という。)は、退職直後の平成八年五月二一日、乙川の依頼で本件火災現場を見分した上、①から出火した火炎が、ダクト上にたまった風綿を燃焼し、そこから落ちた火の粉が⑤から⑦まで、⑧及び⑨並びに⑱から⑳までに燃え移ったと考えられるとの見解を示している(甲二〇、証人西口)のでこれについて検討する。

ア 西口は、陳述書(甲二〇)において、①から⑨はダクトの直下と推測されると述べているが、④から⑦まではダクトの直下ではなく、右推測は誤りである。また、⑤から⑦までの部分は、それぞれポリエチレン製ゴミ箱及びその内容物を全焼し、ゴミ箱が完全に炭化して燃え尽きるほどであるのに、ゴミ箱に近接した織機の足回り、油分を含んだ風綿には全く燃え移った形跡がない(乙三の2・写真13から18まで、証人竹守一三頁)ことからすると、⑤⑥⑦はそれぞれ独立の火元と考えるのが合理的であって、①からの延焼であるとは考えにくい。

イ 西口は、第一工場東端の南北に延びるダクト(以下「本件第一ダクト」という。)上の風綿を介して⑱から⑳の方へと延焼し、本件第一ダクトから第一工場北を東端から西に延びるダクト(以下「本件第二ダクト」という。)上の風綿を介して⑧及び⑨へと延焼したとの推測を述べるが、西口は、消防署在職中を含めて、風綿が燃焼する様子を直接見たことはないとも証言しているところであり、その推測にどれほどの信ぴょう性があるのか疑わしい。特に、風綿の延焼の態様は、表面をすうっと火が走るような感じで、燃焼力は非常に弱く、障害物にぶつかったところで自然に鎮火してしまうほどのものであり、ダクト上の風綿に火がついてその火の粉が下に落ちても、その熱量は非常に小さいから、下にある可燃物の表面温度を燃焼可能な程度にまで上げる力はないと考えられること(証人中原一一頁)からすると、風綿を介して、ダクトの下へ延焼した可能性はほとんど考えられない。

ウ よって、右西口の見解は採用できず、⑤から⑦まで、⑧及び⑨並びに⑱から⑳までは、いずれも第一グループとは、別個の火元からの着火と考えるべきである。

(二)(1) ⑧及び⑨と⑪から⑭までとは、いずれもその位置関係が接近していること、⑧及び⑨は天井板を焼損して落下させるほど強力な火力を発していたことからすると、相互に延焼していることも考えられ、同一の火元である可能性が否定できない(乙五〇・八頁、以下「第二グループ」という。)。

(2) この点、西口は、⑧及び⑨の強力な火力による炎は、天井だけでなく直接第一工場北側壁中央部分上部にまで達し、右北側上部の風綿に引火して北側壁全体に付着した風綿に燃え広がり、北側付近の段ボールや風綿のたまった部分に延焼していき、東西に燃え広がり⑩ないし⑱に燃え広がったとの見解を示している(甲二〇、証人西口)。

しかし、⑭と⑮とは、距離的に近接しておらず、その間には、ワインダー(へた巻き機)があり、その周囲にある女子従業員の私物(鏡・時計等)の入った段ボール箱が全く燃えていないこと(甲一四の65、72、甲二一)からすると、⑭から⑮へ延焼したとは考えにくい。⑨から⑮への延焼の可能性も、右ワインダー周辺の段ボールが全く燃えていないことから考えにくいというべきである。

したがって、西口の右見解は採用することができず、⑮から⑱までは、第二グループとは別個の火元により出火したと考えるべきである。

(三)(1) ⑮から⑳までについては、前記認定の焼損状況からすると、それぞれが独立の火元である可能性が十分考えられる。特に、⑯は、機械のわきにある分電箱上に置かれた接着剤やはさみなどが入っていた段ボール箱であり、最も近い⑰との間に延焼可能な経路がない。しかし、⑯と⑰の位置は接近しており、飛び火の可能性も全く否定できないわけではない。また、⑰から⑳については、壁面に沿って、床にたまった風綿等を伝わっての延焼の可能性が考えられる。そこで、⑮から⑳までについては、一応、同一の火元からの延焼の可能性を考慮しておくこととする(以下「第三グループ」という。)。

(2) これに対し、西口は、第一工場北側壁の東側へ燃え移った火は、東側出入口から第二工場まで燃え広がり(⑲及び⑳)、その火は第二工場南側側壁を伝わって西側のに延焼したとの見解を示している(甲二〇、証人西口)。

⑳ととの間の壁際には、四本のバッグフィルター(集じん機で回収された風綿が最終的にたい積される布製の袋)が並列していたが、そのうち⑳に近い三本が焼けているのに、側の四本目が焼け残っている(乙五一・写真93及び証人竹守一六頁)。⑳の付近は、壁面に炎が立ち上がった形跡を残しており、これが比較的燃えやすいバッグフィルターにも燃え移ったと考えられるが、そのうちのに近い方の一本が焼け残っていることからすると、延焼は三本目までしか及ばなかったと考えるのが自然であり、第二工場南側側壁を伝わって火が燃え広がっていくときに、四本目のバッグフィルターには燃え移らないで、その先のへと延焼したとは考えにくい(証人竹守一七頁)。

よって、⑳からまで延焼したとする西口の見解は採用することはできず、第三グループととは別個の火元から出火したものであると認めざるを得ない。

(四)(1)  からまでについては、いずれもその位置関係が相互に接近していることなどから同一の火元である可能性が認められる(以下「第四グループ」という。)。

(2) 西口は、第一工場西側部分の強い焼損によって、西側壁から12.35メートルのところにある窓ガラスが破損し、その窓から第二工場に火が燃え移り、第二工場南側壁をつたって火が東側のからに延焼したとの見解を示している(甲二〇、証人西口三五頁)。

第一工場と第二工場を仕切る壁(西側から12.35メートルのところ)に設けられた窓ガラスが破損している(甲一四の4)ところ、の地点には、段ボール箱に入った原糸がパレット上に置かれ(甲一四の4、37、38)、からの地点には、折り畳み式の長テーブルの上にビニールと布が床面まで達するように掛けられ、右長テーブルの下には、パレットを切った物の上に、油の付いたエアジェットの部品が多量に段ボールに入れておかれていて(甲一四の41から43まで)、からまでの周辺には、固形の可燃物が多数設置されていたことが認められる。

しかし、第一工場からの火炎が噴き出して窓から第二工場に燃え移る場合、炎の性質上、窓枠の上部が下部よりも格段に焼きの程度がすすんでいるはずであるが、窓の上部はほとんど燃えていない(乙五一・写真89及び92)から、窓を通じて第一工場から延焼したとは考えられない。

よって、第一工場における第二グループと第二工場における第四グループは、別個の火元により出火したものと認められ、前記西口の見解は採用することができない。

(五) 以上によれば、少なくとも、本件工場内の焼損か所のうち、第一から第四までの各グループ、⑤から⑦までの各焼損か所は、それぞれ別個の火元から出火した火炎により焼損したものであると認められる。

したがって、本件火災においては、最低でも七か所の火元が存在したと認められる。

三  出火原因について

1 通常、電気系統の事故その他による自然発火が、複数か所で同時に発生することはないから、火元が複数か所であると認められる場合には、複数か所から同時発火する特段の事情のない限り、故意による放火であると推認すべきである。

2  電気配線のショートによる出火の可能性について

(一) 原告は、本件火災の原因として、電気配線のショートが考えられると主張し、西口も、本件火災は、本件工場の天井裏の電気配線の有機被覆が、ネズミ、経年変化及び工場の振動などによって著しく劣化しており、かつ動力配線内を流れる電流が、絶縁物である有機被覆の外側に水分を含んだ風綿が付着していたことにより、トラッキング現象(電圧が加えられた異極導体間の固体絶縁物表面に、水分を多く含んだほこりなど電解質の微小物質、電解質を含む液体の蒸気又は金属粉などの導体が付着するとその絶縁物表面の付着物間で小規模な放電が発生し、絶縁物の表面に次第に導電性の通路が形成されることをいう。)を引き起こし、その結果絶縁物である有機被覆にグラファイト化現象(絶縁物表面に微小な炭化導電路が生成され、その部分を通じて電流が流れジュール熱を発生させて高温となり、有機絶縁物が黒鉛化することをいう。)が起こり、ショート(電線の絶縁被覆が損傷して導線が直接接触した場合や、くぎ等の金属を介して導線がつながり、本来の導電経路よりも短絡して通電する場合などをいう。)が発生して、火花が出て、これが天井裏にたい積した風綿に引火したと考えられるとの証言をする。

(二) そして、証拠によれば、次の事実が認められる。

(1) 本件工場の天井、通路、機械などには、工場内の加湿装置などにより湿った風綿が多数存在していた(甲二一、検甲二の1から9まで)。

(2) 第一工場は、昭和四一年に建設されたものであり、その電気設備は、経年変化により老朽化していた(当事者間に争いがない。)。

(3) 原告は、平成二年二月に織機一八台、同年秋にさらに一八台計三六台を新規導入したところ、工場の振動が激しくなり、地層の入替え工事を行うなどしたが効果がなく、更に平成六年春に織機九台を導入したことからさらに振動が激しくなった(甲二一)。

(4) 第一工場において、平成六年夏ころから原因不明の電気トラブルのために工場全体が停電することが頻発したが、このような停電が起きたのは大抵雨が降っていた日であった(乙川・第九回七頁)。

(5) 本件工場には、品質管理のために加湿装置が設置されており、日ごろから湿度が高く、さらに、平成六年一二月一八日の本件火災当日は、濃い霧が発生し湿度一〇〇パーセントであった(甲一四の17)。

(6) 本件火災により、第一工場①地点の天井裏の動力配線は、その有機被覆が焼けて約四メートルの範囲にわたって裸線となっていた(検甲七の1から4まで)。

(7) 上球磨消防組合による火災実況見分原因判定書(甲一四の11)によれば、電気事故に関する部分については、「電気については、以前にも火災を出しており考慮できるが、配線よりも下の方から立ち上がっており、断定できないが、配線が古く加熱することも考えられる。…この火災は調査中とする。」と記載されており、電気系統の事故によるものであるか否かは、明確に判断していない。

(8) 熊本県多良木警察署は、平成七年一月六日、実況見分を行い、焼損か所①の天井裏の動力配線を領置して電気系統の事故による出火の可能性を調査したが、出火原因について明確な結論を出すに至っていない(甲二四の1、2、乙三七の1、2)。

(三) 右認定の事実によれば、一見すると、焼損か所①の天井裏の動力配線の有機被覆が劣化しこれに水分を含んだ多数の風綿が付着してトラッキング現象が起こり、グラファイト化してショートが発生した可能性もあるようにも思われる。

しかし、西口の証言中のトラッキング現象、グラファイト化現象、ショートに関する部分は、いずれも一般的な知見に基づく推測であり、西口は、本件火災現場において、実際にこれらの現象が発生していたことを示す兆候を直接見分したものではない。そして、トラッキングやグラファイト化は、コンセント等の電極付近にほこりなどがたまって起こるのが通常であり(そのような場所では、電極間に、本来の金属等の導線による導電経路よりも短絡的な導電経路を作ることが可能だからである。)、導線の被覆の外側にトラッキング現象が起こることは考えられない(証人中原三八頁)。また、ネズミが配線をかじったり、くぎなどの金属を介してのショートの可能性についても、中原が、天井の転がし配線の被覆は、いずれも外部からの熱によって焼きした状態であったこと、過大電流が流れた場合には、その経路における配線は同時に発火するものであるが、本件の現場ではそのような状態は見られなかったことなどを根拠に、本件が右のようなショートに起因するものとは考えられないと証言していること(証人中原一四頁)に照らすと、右のような原因によるショートが起こったとも考えにくい。

(四) よって、電気配線のショートによる天井裏からの出火の可能性は低いと認められる。

なお、検甲八の1から3まで及び検甲一〇の1によれば、本件火災において、天井裏の動力配線を焼損しているのは、焼損か所①の天井裏の部分のみであり、仮に、電気系統の事故による出火があったとしても、既に見たように、これが他の六か所以上の火元へと延焼した可能性はないと認められるから、これが特段の事情に当たるとはいえない。

3  その他の出火原因の可能性について

本件火災発生当時、本件工場での就業時間は終了していたこと(当事者間に争いがない。)、第一、第二工場内は禁煙で、本件火災当日、最後まで勤務していた五人の従業員は、いずれも工場内でたばこを吸っていないこと(甲一四の11)、本件工場内の機械のモーターが加熱していたりタペットが故障しているなど出火の原因となりうべき兆候は発見されておらず(甲一四の11)、その他に本件工場内には火気がないこと(当事者間に争いがない。)などからすると、たばこの火の消し忘れ、機械の故障による出火などの原因も考えにくく、複数か所から同時発火すべき何らかの原因があったとは認められない。

4 以上によれば、自然発火を原因として、前記七か所以上の火元から同時に発火するような特段の事情は認められないから、本件火災は、放火によるものであると推認すべきである。

四  原告の取締役等の関与について

1  乙川の動機の存在

(一) 証拠によれば、以下の事実が認められる((1)から(4)までの各事実は、いずれも当事者間に争いがない。)。

(1) 原告は、原告親会社の債務返済に利益を充当していたため、平成元年度から平成五年度まで赤字決算が続いた。

(2) 原告親会社は、平成四年六月、破産宣告を受けた。

(3) 原告は、原告親会社の倒産の影響で経営難に陥り、平成四年五月に和議を申し立て、平成五年三月に和議開始決定がされたが、その当時負債総額は、約八億六〇〇〇万円にのぼっていた。

(4) 右和議の条件として、和議債権者二五名に対する負債四億三二八三万三八一三円について、平成六年七月を第一回支払期日として平成一三年七月まで毎年二一六四万一六九〇円を返済することが定められていたが、原告は、第一回支払期日に、大半の債権者に対して全く返済することができなかった。

(5) 原告の平成四年度(平成三年七月一日から平成四年六月三〇日まで)及び平成五年度(平成四年七月一日から平成五年六月三〇日まで)における決算期の営業損失及び当期損失は左記のとおりである(乙二五、乙二七の2)。

平成四年度 営業損失

一億三六〇五万八六九七円

当期損失

一億五一九七万三九〇〇円

平成五年度 営業損失

三七二八万六六九〇円

当期損失

三三四七万七四三二円

(6) 原告は、本件火災直前の平成六年度(平成五年七月一日から平成六年六月三〇日まで)決算においては、当期利益を計上しているが、その内訳は、左記のとおりである(乙二六)。

売上損失 六五三万〇一九八円

営業損失 一九三七万一二二四円

営業外収益 二八六一万四四六九円

(なお、営業外収益のうち二七五九万四四六九円は被告からの保険金の支払によるものである。)

営業外費用 三〇万六一七二円

当期利益 八九三万七〇七三円

(7) 原告の保険事故は、被告との保険契約に関するものだけでも、別紙保険事故一覧表のとおり、平成元年一月から平成六年七月までの間に合計八件発生している(当事者間に争いがない。)が、かかる保険金収入は、営業外収益として原告の損益計算に大きな影響力を有していた(乙二五、乙二六、乙二七の1、2)。

(8) 本件火災直前、原告は、本件工場の電気料金の支払を遅滞し、九州電力株式会社との間で分割弁済の合意をしていたが、その分割金の支払すら三か月程度遅滞する状況であった(乙川・第九回一六から一七頁、乙六の1、2)。

(二) 以上の事実を総合すれば、原告はその経営が行き詰まっていたことは明らかである。

また、原告は、本件火災当時、役員を含めて従業員約三〇人の小規模な株式会社であり、発行済株式数のほとんどを乙川とその妻及び子らが有しており、また、取締役は乙川及び乙川の長男、次男がなっているという同族会社であった(乙二六、弁論の全趣旨)のであるから、代表取締役である乙川が、その経営の実権を握っていたものと認められる。したがって、会社内部の者が乙川の了解なく会社の利益のために本件火災を故意に発生させるとは考え難いのである。

しかも、乙川は、原告親会社及び原告の負債について連帯保証をしており、平成六年五月には、原告のために担保提供されていた乙川の自宅が競売開始となる(当事者間に争いがない。)など、原告の経営状態と自らの損益は密接に関連していたのである。

(三) この点、たとえ原告の経営状況が苦しくても、本件火災保険契約(一)(二)における保険金額が、原則として被害にあった機械及び原材料の時価を前提に算定されることから、本件火災保険金の給付を受けても原告に何らの利益ももたらさないとも考えられる。

しかし、現状復旧の実現という保険の効用を十分ならしめるため、機械などの動産については、実際の修理費用をねん出することができるようにするため、常に時価とするのではなく、現実の修理費用はてん補されるように保険金額が設定されているのが通常であり、保険金を受領した上で、現実に個々の機械の修理を行わなければ、中古機械を転売するよりも利益を得ることができることになるのである(乙五七、証人森裕明一六頁)。したがって、保険価額が時価に設定されていることをもって乙川に放火の動機がなかったということはできない。

(四) したがって、乙川には、本件火災を故意に発生させ、不当に火災保険金を請求する動機づけとなりうる事情が存在していたものと認められる。

2  本件火災の発生時刻に乙川が現場にいられたことについて

(一) 証拠によれば、以下の事実が認められる。

(1) 本件工場は、火災当日の午前五時ころ操業を停止し、従業員の星原義昭と三河正広が午前五時四〇分ころ、第一工場、第二工場から離れた(甲一四の7、乙二二、乙川・第九回五七頁)。

(2) 熊本県多良木警察署署員が、平成七年一月一〇日、本件工場を実況見分した際、第一工場内に落下していた掛け時計を発見したが、その際、その掛け時計の針は、六時二八分三ないし四秒ころを指し示して停止しており、文字盤は波形に変形し、枠から文字盤部分が外れ、ガラスは破損していた(乙三七の1)。

(3) 本件工場近くで農業をしている溝田次義は、平成六年一二月一八日、午前六時三〇分ころ起床し、水田の見回りに行き、自宅に帰る途中本件工場から煙が出ているのを目撃した(甲一四の9、乙三六の1)。

(4) 上球磨消防組合は、同日午前七時一二分、本件火災を覚知した(甲一四の2及び17、乙三六の1)。

(二) 右(一)認定事実によれば、本件火災の出火時刻は、午前六時ころから午前六時二〇分ころまでであると推認することができる(乙三七の1によると、熊本県多良木警察署では、出火時刻を午前五時ころ以降午前六時二八分以前と推定していることがうかがえる。)。なお、上球磨消防組合作成の実況見分調書では、出火時刻は午前六時五〇分ころであると推定されている(甲一四の各号)が、これは右実況見分調書作成当時、本件掛け時計の存在を確認しておらず、前記(一)認定(3)及び(4)の事実のみから判断したことによるものであり、右認定を左右するものではない。

(三) 証拠(甲一四の5及び6、乙川・第九回三から四頁)によれば、乙川は、午前六時五分か一〇分ころ、自動車で本件工場を出発し鹿児島空港へ向かい、午前七時四〇分ころ同空港に到着したと認められるから、本件火災の発生時刻に、乙川が、本件工場にいることは可能であったと認められる。

3  乙川の不審な行動

(一) 証拠によれば、以下の事実が認められる。

(1) 証人竹守及び同森らが、本件火災直後である平成六年一二月二〇日、本件工場の被害状況について乙川から説明を受けた際、乙川は、証人竹守及び同森らに対し、しきりに本件火災当時の自分の行動や火災現場を見る以前から出火原因は電気系統の事故によるものであることなどを説明していた(乙五六、乙川・第九回四八頁以下、証人森六頁)。

(2) 乙川は、代表者本人尋問において、当初、本件火災の前日に妻から電話で、徳風会というボランティア団体の活動に一緒にいかないかと誘われ、急きょ、翌朝一番の飛行機で大阪へ帰ることを決め、持っていた回数券を使用して、本件火災当日の午前八時発の関西空港行きの便に乗るつもりで鹿児島空港に向かったと供述していたが、被告訴訟代理人の反対尋問で、乙川自身が平成六年一二月一五日ころに右午前八時発の便の予約をしていたことを示す書証(乙四〇の5)を示されると、記憶違いであったとして前の供述を撤回し、これにそった供述に変更している(乙川・第一〇回三五頁)。

(二) 前記(一)認定(1)事実の言動について、乙川は、従業員から天井裏がよく燃えていたことを聞いたことから右説明をしたと供述するが(乙川・第九回四八頁)、火災直後から本件工場は立入禁止になっていたのであるから、右供述を信用することはできない。

しかも、証人森らは、当初本件火災による原告の被害状況などを把握するために、本件工場の現地調査を行っていたのであって(証人森四頁)、本件火災の出火原因を調査しようとしていたのではない。にもかかわらず、乙川は、出火原因が電気系統の事故であることなどを語っているのであるから(乙川・第九回四八頁、証人森四頁)、かかる乙川の言動は極めて不合理であると言わざるを得ない。

(三) 前記(一)認定(2)事実の供述変更について、乙川は、単なる思い違いであったと供述する、(乙川・第一〇回四〇頁)が、当初から大阪へ帰ることを予定し、予め航空券を手配したということと、妻から前日に電話で連絡を受け、急きょ回数券を利用して関西空港行きの便に乗ろうとしたというのでは、大きな違いがあり、本件火災が発生していることを考えると、その両者が混乱してしまうほど記憶があいまいなものになってしまうとは通常考えられない。乙川は、本件火災の前後には、午前一一時から午後七時三〇分の間の航空便しか利用したことがなく、通常は正午前後の便を利用していたこと(乙四〇の1から4まで、6から8まで)から、本件火災当日だけ午前八時と突出して早い便を利用することになった理由を合理的に説明しようとして、右徳風会への参加の話を作り出したものと推認される。

4  第三者等による放火の可能性について

(一) 第一工場及び第二工場には窓がなく、日中でも照明を使用しないとほとんど真っ暗であること(当事者間に争いがない。)からすると、工場の内の機械の配置等をよく知らない第三者が、七か所以上は存在したと考えられる火元に着火して、けむりにまかれたりすることなく逃走することは非常に難しいと考えられる。

(二) また、乙川以外の原告役員や原告の従業員が、本件工場に放火するほどのえん恨を抱き、又は放火によって利益を得るというような特段の事情があったことを裏付ける証拠はない。

(三) これらのことからすると、原告関係者以外の第三者による放火の可能性や、原告の関係者が、乙川の指示なしに放火した可能性は極めて低いと考えられる。

5 以上によれば、一方で、乙川には、本件火災を故意に発生させてでも、保険金を取得しようとする動機があること、過去にも多数の保険事故歴を有すること、本件火災の出火時刻ころに本件工場周辺にいたこと、火災直後の被告の関係者とのやりとりや本件訴訟における原告代表者本人尋問において、不可解な言動をしていることなどが認められ、他方で、乙川以外の第三者が故意に本件火災を発生させる可能性が非常に低いことが認められ、これらを併せて考えると、本件火災は、乙川自身又はその指示に基づく何者かによる放火であると推認するのが相当である。

第五  結論

以上によれば、本件火災は、原告の代表取締役である乙川の関与した放火により発生したと認められ、事故招致免責条項が適用される場合に当たるから、原告による本件火災保険金の請求は、争点二(損害の範囲)について検討するまでもなく理由がない。

(裁判長裁判官竹中邦夫 裁判官森實将人 裁判官武智克典)

別紙火災保険目的明細書<省略>

別紙構内建物配置図<省略>

別紙現場見取図<省略>

別紙機械設備の損害明細<省略>

別紙原材料、仕掛品等の損害明細<省略>

別紙保険事故一覧表<省略>

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